クラブ紹介

クラブの歴史

国際的チャンピオンコースの開設

 東京よみうりカントリークラブの正式開場は1964年4月19日ですが、ゴルフ場の真の誕生はこの日をさかのぼること1960年。当時、読売新聞社主であった正力松太郎氏が「国際的チャンピオンコースを開設しよう」との構想を抱き、また、一般大衆には遠い存在であり、国際水準に遅れをとっていた日本のゴルフを、国際的レベルに引上げる懸け橋になることを目指し、㈱よみうりランドにゴルフ事業部門を新設したのが始まりでした。

 常に大衆の求めるものを先取りして作る、正力松太郎氏の先見性がコース建設にも発揮されたのでした。

井上誠一氏の設計

 当時のコース予定地は雑木林に覆われ、一部畑があるなど自然が色濃く残っており、狩猟の名所としても名をはせていたそうです。

 1960年着工。当代の第一人者、井上誠一氏がコースを設計し、卓越した技術をもつ大成建設の手によって造成されました。

 井上誠一氏の設計コンセプトに基づいた女性的なラインのコース、自然の地形を生かそうという施主の意見もあり、少々アンジュレーションのきついホールもありますが、全体的に雄大で国際的なトーナメントのできる格調高いゴルフ場が完成しました。

フーラードーム(クラブハウス)の完成

 日本のゴルファーをあっと言わせたのは、コースもさることながら、従来のカントリークラブの常識を超越したドーム型のクラブハウスです。

 このドームは世界的建築界の鬼才、アメリカのバックミンスター・フーラー博士の設計で実に5年8ヶ月の歳月と巨大な研究費を投じて完成しました。直径50メートル、高さ19メートル、その傘下は1本の柱もなく、2千平方メートルの面積を包容しています。クラブハウスはこれから23年間カントリークラブのシンボルとして愛されることとなります。

1987年、新クラブハウスの完成

 フーラードームは特異な建築方法の影響もあってか、老朽化が進み、23年経って遂に建て替えざるを得なくなります。1987年新クラブハウスの位置は、パッティンググリーン、アプローチの練習場の高台と決定。フーラードームのクラブハウスを使いながら新クラブハウスの建設となります。建設にあたっては、メンバー皆様のご意見を承りながら、よみうりランドの技術スタッフと大成建設の設計部とで当クラブにふさわしい落ち着いた雰囲気と機能的で斬新なデザインを研究。社内コンペを実施し、基本デザインを決定しました。

 結果、新クラブハウスは鉄筋コンクリート鉄骨造、地上2階建て一部3階建て、床面積3,871.89㎡。外観は長年プレーヤーに親しまれてきたドームのイメージを残した屋根となりました。

 尚、現在、マスター室前にある池はフーラードーム屋内にあった池を残したものであり、当時の面影を残すモニュメントとなっております。

プロトーナメント開催の歴史

ゴルフ日本シリーズ <1963~現在に至る>

「ゴルフ日本シリーズ」は、日本のプロによる“見せるゴルフ”の確立を目的に昭和38年からスタート。出場者は当初6大競技(日本OP、日本プロ、関東・関西OP、関東・関西プロ選手権)の優勝者だけでしたが、現在ではツアー優勝者、賞金ランキング上位の選手など、その年最も活躍した選手が出場するようになりました。現在では、プロ日本一を決定するトーナメントとしても親しまれております。

読売国際オープン <1967~1971>

 ”アジアゴルフサーキット”の前身である”極東ゴルフサーキット”の最終戦として開催。第1回、2回は隣のよみうりゴルフ倶楽部(東京読売パブリックコース)にて、1967年の第3回から当クラブで開催。 1971年まで行われゲーリー・プレーヤー が参加するなど、この大会を通して日本のプロたちは国際的水準の力をつけていきました。

カナダカップ争奪ゴルフ世界選手権(ワールドカップ)<1966>

 カナダカップは“ゴルフのオリンピック”ともいわれ、日本における戦後のゴルフブームの引き金となった大会です。1957年霞ヶ関カントリークラブで開催された第5回カナダカップから9年後の1966年、日本で二度目の大会が当クラブにて開催されました。

 世界各国から36チーム72人が参加し、日本代表は当クラブ所属の杉本英世と河野光隆の両選手、アメリカはアーノルド・パーマーとジャック・ニクラウスという夢のような組合せでした。

 結果、圧倒的な強さでパーマー・ニクラウスの優勝、日本勢は5位と健闘し、連日大勢のギャラリーが集まりました。

ワールドレディス <1973~2008>

 日本と世界のトップ女子プロが戦うゴルフトーナメントを目指し、1973年4月6日から3日間、第1回大会が開催されました。女子プロの成長とともに第16回 から4日間競技となり、賞金も大幅にアップ。女子プロにとってのビッグ・トーナメントとなり、過去には、A・ソレンスタム、朴セリ、カリー・ウェブなども出場して大会を盛り上げ、その後2008年より日本女子プロゴルフ協会のツアー競技で最高位に当たる「メジャー大会(公式戦)」に昇格しております。

 なお、2000年優勝のカリー・ウェブによるOUT32、IN32、TOTAL64は当クラブで開催された大会のベストスコアとなっており、最終成績で2位の不動裕理、安井純子に9打差をつける12アンダーと圧倒的な力で優勝を飾りました。

世界選手権 <1986,1987,1990>

 このトーナメントはアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、日本の世界4ブロックの賞金ランク上位6名が集まって行われました。当クラブでは3回開催され、1986年には中嶋常幸や尾崎直道らの活躍により優勝を果たしています。

ページトップへ戻る